(1) 切り花の鮮度保持の基本概念
(1) 切り花の鮮度保持の基本概念
以下の図は、乾式箱詰め輸送されたバラを想定して、縦軸に外的品質を、横軸に収穫後の経過時間をとって外的品質の変化を図式したものである。生産者から卸売市場を経て小売店に入荷したバラ切り花は、水あげ後のAの時点でようやく販売が可能になる。これ以降徐々に開花して最高のレベルの外的品質に達した後、A点と同レベルのB点を通過して品質が低下し、観賞限界に達して日持ち(品質保持期間)が終了する。つまり、面積分だけ花を楽しむことができ、この面積に相当するのが花持ち性である。
収穫後の切り花の品質変化(模式図)
収穫後の切り花の品質変化(模式図) (土井元章氏 原図)
収穫後の外的品質の変化をf(t)とすると,外的品質が同じA,Bで購入された切り花の価値はそれぞれ,
で表わされる。
a:生産者段階(収穫,水あげ,調整,選花,箱詰め),b:輸送,c:水あげ(小売段階),d:棚持ち期間(小売段階), e:品質保持期間
輸出切り花では、収穫時点での品質レベルが高いこと、輸送時の品質低下が少ないこと、品質の最高到達点が高いことが重要であり、この点を上げていくことが必要となる。
(2) 輸出切り花の品質管理上の課題
(2) 輸出切り花の品質管理上の課題
切り花の輸出における品質管理の課題として、段階別に以下のとおり整理される。
■ 生産者・集出荷組合
栽培管理が適切である
病害虫被害がない
収穫・出荷調整・前処理が適切である
卸売市場までの輸送が適切である(予冷-湿式低温輸送-保冷)
■ 卸・仲卸
箱詰め(リパック)技術が適切である
輸送コストの低減
水ストレスの低減
物理的傷害の低減
予冷・保冷が確実に行われる
■ フォワーダー
・予冷から保冷~低温輸送によるコールドチェーンが確立されている。
・輸送時の物理的衝撃やヒートショックが少ない。
(海上便でリーファーコンテナで輸送を行う場合、温度変化は少ない。)
■ 輸入業者・仲卸・小売
適切な再吸水と品質管理
全体として流通時間をできるかぎり短縮する
(3) 日持ちの季節変動について
(3) 日持ちの季節変動について
下図は、バラ「ローテローゼ」の切り花の、日持ち季節変動を表したグラフである。変動の幅は標準条件下よりも室内条件下に保持した切り花のほうが大きくなったものの、両者の品質保持期間には類似した季節変動がみられた。このことから、バラ切り花の品質保持期間は、保持中の環境に加えて、栽培の影響をより強く受けるものと考えられた。これにより、切り花の季節的な変動が、収穫時点で潜在的に切り花が持っている能力(日持ち性)が決定されるということが考えられる。
バラ「ローテローゼ」 の切り花の日持ち季節変動(土井元章氏 原図)
(4) 切り花の品質低下と対処法
(4) 切り花の品質低下と対処法
切り花の品質低下要因は、種類によって、また切り花が保持される条件によって様々で、かつ複数の要因が互いに関係しあいながら同時進行している。これは、単純に「老化」という一言で片付けられるものではない。したがって、品目ごとにどのような品質低下が起こり、それをもたらす生理過程は何かを理解することが、切り花の品質管理を行う上で基本となる。
(土井元章氏 原表)
(5) 切り花の保持温度と呼吸
(5) 切り花の保持温度と呼吸
切り花の老化の進行は、呼吸速度と密接に関係しており、温度依存性が極めて高い。
収穫直後の切り花の呼吸速度は、保持温度の増加に対して指数関数的に増加する。この呼吸により炭水化物の消耗と老化を招くとともに、呼吸熱による蒸れが発生し、微生物の繁殖を招く。
このことから、収穫後の切り花の温度管理はできるだけ低い温度で行うことが基本であり、温帯性の切り花では2~5℃が、熱帯、亜熱帯性の切花では8~15℃が標準温度となる。
図.バラ切り花の保持温度と呼吸速度
オランダにおける切り花の望ましい保管・輸送温度(℃)
出所:国際花と緑の博覧会記念協会(監訳):花の鮮度保持-オランダの流通チェーン調査-(1994)
オランダにおける切り花の貯蔵温度(℃)
出所:国際花と緑の博覧会記念協会(監訳):花の鮮度保持-オランダの流通チェーン調査-(1994)
(6) 予冷について
(6) 予冷について
① 予冷の種類と方法
箱詰め後は予冷を行う。品目にもよるが、品温5~8℃を目安に予冷時間を設定する。切り花の予冷方法としては、(ア)真空予冷、(イ)強制通風予冷、(ウ)差圧通風予冷のいずれかが採用されている。この中で、切り花全般に適して短時間での効率的な冷却が可能な(ウ)差圧通風予冷が効果的な予冷方法となる。
(ア)真空予冷
真空予冷は、冷却時間が短くて、一部キクに利用されているが、切り花全般に適した方法ではない。段ボール箱ごと密閉できる室内に入れ、減圧することで切り花から水を蒸発させて、その際奪われる気化熱によって冷却する方法である。当然切り花から水が奪われるため、数パーセント新鮮重が減少して、再び水欠差が生じることとなる。また、切り花がぬれていると、その部分に凍結障害が生じやすい。
(イ)強制通風予冷
冷蔵庫内で空気を動かしながら冷却する方法である。段ボール箱を積み上げて予冷庫に入れるため、中央部が冷えるまでに20時間を越える冷却時間が必要で効率が悪い。一方、バケット詰めの場合には、切り花が露出しており、束間に隙間もあるので、台車ごと予冷庫に入れて、強制通風予冷を行えばよい。
(ウ)差圧通風予冷
上記の中間的な特性を持ち、切り花に対するダメージも少ないので、欧米では箱詰めの切り花に広く用いられている予冷法である。温度を下げた室内で段ボール箱の両端の穴に圧力差を生じさせ、切り花の入った箱内に冷風を流すことで冷却する。30分から1時間程度で目標の温度にまで冷やすことができる。予冷後段ボール箱の穴をふさぎ、そのまま保冷すると良い。
(画像:土井氏)
(参考)差圧予冷方式の一般的な装置
右図より差圧予冷の一般的な装置を説明する。5℃の低温室を2つに仕切り、2つの部屋に圧力差を生じさせ、段ボール箱の長軸方向の両端の側面(さげ穴部分)にあけた通気穴を仕切りの壁に開けた穴にあてがって、段ボール箱内に冷気を流し込む方式が一般的である。出荷ケースの大きさが一定せず、穴の位置が確定しない場合には、ケース幅だけ統一し、カーテン方式で穴を設けても良い。この方式では段ボール箱を設置する側を大きくとれば保冷庫としても機能させることができる。
数箱程度の小規模であれば、掃除機を用いて行うこともできる。
冷蔵庫内掃除機方式(小規模)
② 切り花輸出における効果的な予冷方法について
一度梱包を行うと、外気を下げても箱の中央の温度は思ったほど下げることができない。
以下のグラフは、今回調査を行った夏期の実証調査である。5℃に設定された保冷施設のなかで強制通風予冷と差圧通風予冷を行ったところ、差圧通風予冷を行った場合は、一気に23℃から13℃まで温度を下げることができている。しかし、通常の強制通風予冷では、じわじわ温度を下げることができても、劇的に下げることができず、20℃以上の状況に置かれる時間が長くなっており、切り花に与える影響が大きい。
このことから、いかに梱包時の箱内温度を下げた状態にしておくかが重要なポイントとなる。基本的に卸・仲卸によるリパック場所は常温の場合が多く、箱内に温度を持った状態でスタートすることとなるので、梱包後の差圧通風予冷は効果的である。一方で、保冷庫内等の低温環境での梱包作業を行うことができれば、リパック時の箱内温度を低く維持できる。また、切り花そのものの温度を下げておくことで、この予冷が効果的となる。
以上のことから、切花輸出の予冷として効果的なのは、①差圧通風予冷を行うか、②保冷庫内で梱包作業を行うかのいずれかで、リパック時の箱内温度を下げた状態にすることができる。
(7) 保水素材について
(7) 保水素材について
① 保水資材の使用について
エコゼリー(㈱伏見製薬所)や保水シートに代表される保水資材は、品目によっては到着後の日持ちに大きな影響を与えないものもあり、一律で必要であるか否かの判断は難しい。しかしながら、日持ち以外の面で、「鮮度」という観点からすると見た目そのものの良し悪しに影響が出る。季節にもよるが、日本産花きの優位性である品質を重視するのであれば、保水資材を利用することが望ましい。
また、梱包時と開封後での植物体の重量変化を計量し、-7~-10%以上のマイナスがおこる場合は、萎れ曲線の限界値である。
② 保水資材の種類と特徴について
保水ゼリー
栄養分や抗菌剤を含んだ水を、袋の中でゼリー状に固めたもの。99%以上が水である。
保水能力が高い。
〔商品名:エコゼリー ㈱伏見製薬所〕サイズ各種あり
園芸用保水シート
通常、生産地から市場等へ出荷する際に使用する保水シート。シートに水をしみこませて、装着する。外側が防水になって、水漏れしない仕組みになっている。また、コストも安くすむ。なお、使用に当たっては、吸水させる水にチアゾール系抗菌剤を添加すると良い。
〔商品名:花元気 ㈱正星〕
Lサイズ(400cc用)、Mサイズ(200cc用)
③ 保水資材の使用に関する注意点
花によっては、保水資材から漏れた水分により、花・葉にしみや痛みを招くこととなる。水漏れを十分に注意して使用したい。なお、現在は、これを防ぐ方法として、伸縮性のあるビニルテープ(通常で市販されている「絶縁テープ」等)を用いられていることが多い。これは、セロテープ等の伸縮性のないものであると、隙間が開き、これにより中の水分が流れ出ることがあるが、絶縁テープ等であれば、これを防ぐことができる。ただし、巻き方によっては、完全に防げない場合があるため、完全には水漏れは防げないことを想定しておいたほうが良い。保水資材の取り付け(取替え)作業は、取り付け作業が面倒であるため、手間がかかる。また、この作業コストだけでなく、資材費も必然的にかかってくる。この手間とコストについては、輸出戦略とのバランスを見ながら検討する必要がある。
(8) 輸送時間と温度変化のポイント
(8) 輸送時間と温度変化のポイント
オランダでは、切り花は、収穫後3日から3日半(72~84時間)で相手国先の外国の輸入業者に届けられている。
日本産切り花を輸出のルート上の様々な温度変化のポイントは、以下のとおり。
図を参照する上での留意点
○ 香港便は、航空会社の保冷施設での保管(P13の⑤)はなし(フライトが即日のため)。
○ ニューヨーク便の夏期の調査では、保冷車のアクシデントがあり、一部想定した温度変化を実現できなかった。かわりに本来想定していた温度変化を曲線で表した。
○ ニューヨーク便の冬期の調査では、保冷車の性能の問題で、温度変化に幅があった。
○ 荷受人での温度(⑪に相当)は、今回の日持ち試験室の温度となっているが、ニューヨークの外気温は、本来はこれより低いと想定される。
(9) 輸出先の環境別留意点
(9) 輸出先の環境別留意点
荷受先の温度や開封後の水揚げ処理方法等について、それぞれの国や業者によって異なるので、輸出を行う前に事前に確認をしておかなければならない
① アメリカ合衆国(ニューヨーク)の場合
(ア) ニューヨークの気象状況等について
ニューヨークの気象データ ニューヨークにおける気象環境は、年間を通じて日本よりも冷涼で、花きにとっては好条件である。直射日光を避ければ、外気に置かれても著しい劣化を招くということは考えにくいが、逆に冬期の低温による障害には気をつけなければならない。梱包資材では、適切な段ボール厚のものを使用することで、外気変化による箱内温度の低下を防ぎたい。
(イ) 現地での開封後の処理について
ニューヨークでの荷受先は、卸業者であり、入荷された切り花は、水につけられないまま横置きされるケースが多い。よって、開封後も水揚げをされないままの時間があるということを留意しなければならない。なお、一部オランダ系の卸売業者等であれば、入荷後切り戻しをして、バケツで陳列されることもある。
▲ニューヨークの卸売業者での店頭の陳列の様子。切り花が束ごと横置きされている。これが通常のスタイル。
▲オランダ系の業者の場合、バケットで陳列される。
② 香港の場合
(ア) 気象条件等について
香港の気象データ香港は、亜熱帯気候であり、温度が年間を通じて高く、また、降水量も多く、切り花にとっては過酷な環境である。幸いにして、植物検疫が切り花の場合はないため、空港施設内等での留め置きの時間は短時間で済むが、使用する航空便は、極力夜間便を選ぶことが望ましい。なお、夜間便を選ぶ場合は、夜間の通関が出来ないため、保冷施設内で朝まで留め置きされる。
(イ) 現地での開封後の処理について
開封後の処理について香港の場合は、荷受先は卸売業者、生花店、フラワーデザイナー等になる。店頭に到着後、手際よく水揚げがされる。ただし、空港からの横持ち時に保冷トラックが使われているということは稀である。外気温にさらされて、切り花が劣化することが心配される。
▲日本産のシャクヤクを手にもつ、香港の生花店。
▲フラワーマーケット・ロード(モンコック)で束売りをしている花屋の様子。同じ通りに花屋、園芸店が立ち並び、一般小売と卸業者が混在する。
③ オランダの場合
(ア) 気象状況等について
オランダにおける気候は、ニューヨークと同様に冷涼であり、また、冬期は氷点下に下がることがまずないため、切り花にとっての環境はとても良い。しかも、設備としても空港等の施設は優れており、特段問題はないと考えられる。
(イ) 開封後の処理について
オランダでの荷受先は主にフローラホーランド市場場内の輸入業者であり、ここで開封が行われ切り戻された後に、バケットに入れ替えられる。開封される場所は、市場内施設であるため、温度も安定している。よって、同地まで着けてしまえばあとは実績あるオランダ業者により処理されるので、品質保持の意識は高く、この点でも心配は少ない。
▲フローラホーランド(花き卸売市場)の施設内で、輸入品を開封し、バケットに入れている様子。
▲施設内の空調も完備されており、花にストレスを与えない環境整備が整っている。
(10) レファレンステストによる品質チェック
(10) レファレンステストによる品質チェック
日持ちのレファレンステストを行う場所として、全国に日持ち試験室を設けている卸売市場等があり、ここを活用することで客観的な日持ちデータの採取が可能である。
なお、これらの日持ち試験室を有する卸売市場は、(財)日本花普及センターが平成15年度より3カ年間農林水産省の補助事業として行った「日持ち保証システムモデル実証事業」をもとに認定された。試験場の条件は、以下のとおりである。
(参考)
≪日持ち試験室の環境設定基準≫
温度: 周年25℃とする。
湿度: 60%程度を目安とする。
照度: 蛍光灯下で1000ルックス程度
日長: 12時間(6:00~18:00まで照明)
記録: 自動温室時計記録装置を常時稼働する。
▲日持ち試験室の実施状況